ふたご座
離脱と遊泳
「さようなら、今まで魚をありがとう」
今週のふたご座は、SF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』の賢いイルカたちのよう。あるいは、みずからの立ち位置を俯瞰的に捉えつつ然るべき言動を取っていくような星回り。
人間は地球上で一番賢い。私たちは無意識のうちにこの前提を絶対的なものと思い込んでいますが、もしかすると実はめちゃくちゃおバカな種族で、他の種族も口に出さないだけで日夜そう思っているのかも知れません。
ダグラス・アダムスのおバカSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』は、まさにこうした感覚をひとつの物語に仕立てた傑作であり、そこには滅亡の危機が差し迫った地球の状況にいち早く気付いていたイルカたちが、脱出前に人間たちに別れを告げるシーンが登場します。
彼らの最後のメッセージは、フープをくぐり抜けながら米国国歌をハミングしつつ二回転後方宙返りを決める洗練された“芸”として誤解され、たくさんの観客に拍手と笑顔でもって迎えられるのですが、実際の内容は「さようなら、今まで魚をありがとう」というものでした。
つまり、食料供給のためにずいぶん役に立ってくれたけれど、ついに自分たちのメッセージを真剣に受け取ってくれなかったね、という訳です。果たして、この話をあなたは笑えるでしょうか?
6月28日に「鋭い批評精神」を司る火星がふたご座から数えて「未来に向けたビジョンと展望」を意味する11番目のおひつじ座へと移っていく今週のあなたもまた、賢いイルカたちのように伝えるべきことは伝えつつ、取るべき行動を取っていきたいところです。
自由な海を泳ぐために
例えば、カリブ海諸国出身者として初めてノーベル文学賞を受賞した詩人ウォルコットは、「歴史」によって名前を奪われた群島の子供として、みずからの名前をカリブ海の波間に放擲しようという衝動をしばしば詩行に滲ませてきました。
「僕は海を愛する銅色のニガーにすぎん
健全な植民地教育を受けた人間
オランダ ニガー おまけにイングリッシュの血が入っている
僕はノーボディか さもなけりゃ一人で国家(ネイション)だ」
(「帆船"逃避号”」)
彼はここで、初めは侮蔑語としての「ニガー」を逆説とともに引き受け、そののち、みずからの家系に混入しているオランダ人やイギリス人の血を受けいれつつも、ついには「ノーバディ(nobody)」すなわち誰でもない“無名性”の自己認識へと行き着き、そこから一気に「国家(nation)」という抽象的な怪物の名前へと変幻する、大胆なアクロバットを決めてみせます。
被支配のあらゆる切断と略奪の中を生き抜いた混血の群島人の子孫である彼は、ここで再び先祖が強制的に渡らされてきた海を、今度は自由に渡っていくための新しいことばの遊泳力を試そうとしていたのかも知れませんし、その意味では彼もまた「賢いイルカたち」のひとりだったのだと言えるでしょう。
今週のキーワード
「帆船“逃避号”」