かに座
実感さえも突き放す
「涼し」と「早し」
今週のかに座は、「五月雨を集めて早し最上川」(松尾芭蕉)という句のごとし。あるいは、どこか他人事のような視点で自分をみつめていくような星回り。
最上川(もがみがわ)は山形県に流れる日本三大急流のひとつですが、梅雨時の雨が降り注ぐたくさんの濁流には凄まじいものがあります。
芭蕉は旅の途上でここで舟に乗ったようで、後に「水みなぎつてあやうし」と記していますが、掲句には不思議とそうした揺れる舟にのって肝を冷やした実感が込められていないように感じます。
実際、掲句はもともと「五月雨を集めて涼し最上川」だったそうですから、これはもう意図的に自分の実感を突き放したのでしょう。いったい、なぜか?
それは芭蕉がこの句を、目にうつる人々の生き様にまで重ねようとしたからなのかもしれません。
というのも、昔から川というのは、日本人の生きる時間や人生の流れになぞらえてきたものであり、この句はついついエゴという濁流に目を奪われて、日に日に生き急いでしまう私たちの姿を鏡映しにしたものでもあるからです。
直線と円環
濁流となった川は海へと流れ込んでいきますが、それはすなわち、死へ向かって一直線に突き進んでいく私たちの生き時間でもあります。
水に映った自分の姿に夢中になるギリシャ神話のナルキッソスのように、私たちの多くがそうした濁流の最中で生きていることに自分すら気付かないまま、「今年もあっという間に終わっったよね」と忘年会で呟きあうことになる訳です。
ただ、よく見まわしてみれば、あたりには点線のごとき雨がふっており、頭上にたちこめる雲もまた、遡ればはるか上空で発生している。つまり、私たちが生きている時間は必ずしも直線的などではなく、直線の上にはうっすらと循環する円が描き足されているのだというところまで芭蕉は思い至ったのでしょう。
芭蕉が「涼し」という実感のこもった言葉から「早し」というどこか突き放した言葉へ変えたのは、もしかしたらそうした心境の変化があるのかもしれません。今週のあなたもまた、“流れ”や“全体の調和”を大切に。
今週のかに座へのキーワード
ナルキッソス