かに座
きっと何かにうたれる
境界へと踏み出していく
今週のかに座は、房総半島の岬の突端に立ってうず潮をのぞき込む親鸞の姿のごとし。あるいは、みずからの考えや意識のあり方が境界そのものへと変わっていくような星回り。
思想家の吉本隆明の最晩年のインタビューをもとに作られた『フランシス子へ』において、ふっと親鸞について語り出している箇所がありました。
外房と内房では、海流の水の水位がかなりちがう。それでふたつの海流がまじりあうと、うず潮という現象が起きる。そういうことは昭和になって調査してわかったことで、親鸞の時代にはまだわからなかった。(…)また外房と内房では、生息している生き物も、獲れる魚もちがうし、住んでいる人間の気質も、信仰の立て方も少しずつちがっていました。境界というものを大事に考えた親鸞ですから、異なるふたつが接する場所にはきっとものすごく関心があったはずです。(…)異なるふたつのものがあわさって、まじりあうってことはこういうことなのか。うず潮を目の当たりにした親鸞は、きっと何かにうたれるようにそう思ったんじゃないでしょうか。
親鸞は比叡山で学僧としてたいへんに学問を積んだ人でしたが、やがて自分の実感でつかむことができなければ意味がないと痛感して、庶民のあいだで「浄土」の教えを説いていた法然の弟子となりましたが、やはり浄土があるということさえ疑わしくなって、信と不信の境界に踏み出してしまったのですが、そうして最後にたどり着いた場所が先の「うず潮」でした。
「浄土がある」と「浄土などはない」、「修行には意味がある」と「意味なんてない」などなどがまじりあう境界に立って思考しているうちに、間欠泉のパッと何かがほとばしり出てくる瞬間もあったはず。
9月22日にかに座から数えて「心的基盤」を意味する4番目のてんびん座へ太陽が移っていく(秋分)ところから始まる今週のあなたもまた、自分自身が「うず潮」そのものとなっていけるような場所へとできるだけ身を置いていきたいところです。
融通無碍に状況を楽しむ
仏教では「異なった別のものが一つに解け合っていながら何ら障害もないこと」を「融通」と言い、また「何の妨げもなく他のものを拒否しないこと」を「無碍」と言い表します。
そうした融通無碍の境地へと実際に至ることは、世俗に生きる人間には難しいことですし、だからこそ伝統的にシャーマンなどの脱世俗した宗教者は共同体内で特別な力を発揮してきた訳ですが、少なくとも「矛盾の中にありながら、その状態を否定しないでいること」ということは、今週のかに座にとって一つのクエストとなってくるでしょう。
あなたは今、まさに自分の来し方行く末を占っている真っ最中なのだと言えるかも知れません。その意味で、今週のかに座は、できるだけ四角四面に物事を割り切らず、しばし融通無碍な時間を楽しむつもりで過ごしていきたいところです。
かに座の今週のキーワード
あわさってまじりあう