かに座
すぐそこにある異界
変が出来してくる
今週のかに座は、『中年や遠くみのれる夜の桃』(西東三鬼)という句のごとし。あるいは、異界が出現していく瞬間を生きて実感していこうとするような星回り。
「中年」というのはいったい何歳くらいから何歳くらいまでの人間に対して使われるのが妥当な言葉なのか。一般的には40代に差し掛かるあたりから定年を迎える手前くらいまでというイメージだが、作者の自句自解には「一日の時間でいえば午後四時頃だ」とある。
この作者の感覚を、現代の平均寿命にかけあわせると、今で言うと大体50代半ばくらいにあたるだろうか。昨今、頂き女子りりちゃんなど、中年男性をカモにする若い女性界隈では、自分を客観視できずに自身の願望に振り回されがちな中年男性のことを「おぢ」と表現する向きがあるが、定義としては単純に年齢で区切るより、お「じ」さんではなく、お「ぢ」さんであるという、一文字の違いで表した方が、掲句の意図にも近いように思われる。
うっすらと夕暮れの気配がしはじめる午後4時過ぎは、なにかと魔が差しやすい時間帯ではあるが、掲句では男性(おそらく作者自身のこと)の前に、生毛のはえた豊かな桃が現れたという。手を伸ばせばなんとか届きそうな、遠いところの木の枝に。こうした描写は、どこか刃葉林を思わせる。
刃葉林とは、八大地獄の中でも邪淫の罪を犯した者が落ちる衆合地獄のなかにある場所で、男性がふと木の上をみると、絶世の美女がいて「早くきて抱いてよ」とこちらに囁きかけるので、狂乱して木に登ろうとするのだという。しかし木の葉がすべて刃になっており、おのずと皮膚や肉が裂かれてずたぼろになってしまう。
6月6日にかに座から数えて「精神と時の部屋」を意味する12番目のふたご座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、わが身に出来(しゅったい)してきた「変」をまじまじと見つめていくことになりそうだ。
異界を作りだす
最近はどこもかしこもあらゆることがマーケティング的に語られ、誰も彼もがポジショントークに徹している地獄のようなディストピアへと、みなが一丸となってますます突き進んでいるように感じます。
一方で、そうした流れに反するために文化や教育というものがあるとして、もしそこで魂ということを前提に置くのなら、まず第一に「ここではない異界」を作りだすことを大事にしなければならないのではないか。そんな風にも思います。
例えば、夜中に道で不意に出くわすノラ猫は、それは見事に異界を作りだします。社会の大人達からすれば、何でもないような意味の空白地帯である公園の一角に、猫がたたずむ。すると、6月の夜風はもう静まって、猫は柔らかい機械の振動へと変わり、いよいよ空気を震わせて、一瞬の内に月光を冴え冴えとしたブルーに様変わりさせてしまう。
そうした光景を垣間見たときの、「とんでもないものを見てしまった」という驚きや、それを感じ取っていくだけの余地や余白を生活や身体に作っていくことこそが、魂に対する敬意の払い方なのではないでしょうか。
まずは今あなたの中に、月の光がそっと差し込んでくるだけの余地や余白が十分にあるかどうかから確認してみるといいでしょう。
かに座の今週のキーワード
闇のなかを飛び交う青白い蛍、夜の公園にたたずむノラ猫