かに座
真空に空気が流れ込むように
ダイナミックな芸当を
今週のかに座は、「むかむかする嫌悪」の先にあるもののよう。あるいは、表面的な好き嫌いの向こう側に、まだ名前のついていない感情を見出していこうとするような星回り。
川端康成の戦後期の代表作である『千羽鶴』には、「むかむかする嫌悪のなかに、稲村令嬢の姿が一すじの光のようにきらめいた」という表現が出てきます。
これは「むかむか」という吐き気を感じる感覚を通して嫌悪という強い不快感を増幅させていくなかで、その窮地を救ってくれる女性の存在を「光」のイメージで拾い上げていく非常にダイナミックな芸当であり、その後に当人は「新鮮な気持がした」と語っています。
気に喰わないという気持ちが頭のあたりに留まらず、胸の奥のほうや胃腸や背中の方まで拡張されていくと、かえって波が引いていくように気持ちがおさまるだけでなく、その引いていく先に正反対の心情を覚える対象が明確に姿を現わすことがあるのか、とはじめて読んだ時にいたく感動したものです。
ただ、それは逆に言えば「好きだ」とか「愛してる」といったありきたりな表現にいかに自分がしっくりきていなかったのかということをはっきりと浮き彫りにしてくれた体験でもありました。
しあわせであるという実感は、ひとえに「喜怒哀楽」のいずれもを抑圧することなくのびのび感じていくことの中にあります。1月11日にかに座から数えて「対象との関わり方」を意味する7番目のやぎ座で新月を迎えていく今週のあなたにとっては、特に「怒」と「哀」のあいだにあって「喜」の周囲へと通じる「嫌悪」の感覚が、ひとつの鍵になっていくことでしょう。
他人との会話
村上春樹の小説に『午後の最後の芝生』という短編作品があります。すこし前に遠距離恋愛をしていた恋人に手紙で別れをつげられた主人公の「僕」は、芝刈りのアルバイトで向かった家の中年女性に誘導され、女性の娘の部屋を見、洋服ダンスを開けさせられます。
「どう思う?」と彼女は窓に目をやったまま言った。「彼女についてさ」
「会ったこともないのにわかりませんよ」と僕は言った。
「服を見れば大抵の女のことはわかるよ」と女は言った
おそらく、女性の娘は亡くなっているのですが、そこで真空に空気が流れ込むようなある作用が「僕」に働くのです。
僕は恋人のことを考えた。そして彼女がどんな服を着ていたか思い出してみた。まるで思い出せなかった。僕が彼女について思い出せることは全部漠然としたイメージだった。
今週のかに座もまた、誰かの存在が心の空白にそっと流入してくるかのような感覚を抱いていくことができるかも知れません。
かに座の今週のキーワード
「不在の他者」を通して改めて他者と向き合っていくこと