かに座
水底にたたずむ
上善如水
今週のかに座は、「これ以上澄みなば水の傷つかむ」(上田五千石)という句のごとし。あるいは、ただシーンとしてそのへんに佇んでいるような星回り。
「水澄む」は秋の季語で、実際季節が秋に変わってくると、夏よりも水が澄んでくるように感じられるのですが、それは秋になると空が高く広く透き通ってくるのと呼応しているのでしょう。
掲句においてもまた、作者の前にはよく澄んだ水がある。ただ、極限まで澄んだそれは、川なのか池なのか、はたまた人工のプールなのか、具体的には明示されていません。それどころか、「傷つかむ」と普通は水に使わないような表現さえ出てきます。
そうすると、目の前にあるのはこれ以上ないほどに透き通っているか、直接触れてはいけないほどに神聖であるか、そうでなければ、こちらから必要以上に働きかけてはならないくらいに繊細な人間が目の前にあるかのいずれかであるはず。
つまり、ここでは季節の移ろいと人間の内面が直接つながっている訳ですが、この目の前の人間とは、もしかしたら作者自身のことなのかも知れません。
8月30日にかに座から数えて「繊細な微調整」を意味する12番目のふたご座で形成される下弦の月から始まる今週のあなたもまた、特別大げさなことをしようとするのでなく、何気ないゆらぎのなかで自身の繊細な部分を整えてみるべし。
『魔の山』のハンス
ひとりの単純な青年が、夏の盛りに故郷ハンブルグを発ち、グラウヴェンデン州ダウオス・プラッツへ向かった。三週間の予定で人々を訪ねようというのである(トーマス・マン、『魔の山』冒頭)
山の上にあるサナトリウム(当時は不治の病であった結核患者のための療養所)に入っていた従兄弟の見舞いに行った主人公の青年ハンスは、結果的に長期滞在を余儀なくされてしまいます。
3週間が1年になり、1年が2年になり、さらに数年が飛ぶように過ぎていき、その間にごく平凡な青年だった主人公は、世界中の国々から集まった、様々な考えを持つ患者たちと触れ合ううちに、物事について深く考えるようになっていっていく、とそんなお話なのですが、この主人公はまさに今のあなたの姿なのだとも言えるでしょう。
今週のかに座は、自分への深いメッセージを携えた本を一冊選んで、じっくり時間をかけて読んでみるのもいいかも知れませんね。
かに座の今週のキーワード
直線的な時間の流れから離れる