かに座
扉をあけるように
窓のメタファー
今週のかに座は、「初夏に開く郵便切手ほどの窓」(有馬朗人)という句のごとし。あるいは、不意に未来への希望が開けていくような星回り。
掲句は内部からなのか外部からなのかは分かりませんが、少しだけ開いた窓を見ているのでしょう。ささやかな郵便切手に喩えられているのですから、ずいぶんと大きな建物のようです。
切手は手紙とともにさまざまな宛て先に届けられるものですが、作者もまた開かれた窓を誰かに宛てられたもののように感じたのだと思います。
初夏という季節の清新さや、差し込む光のまぶしさから、そんな窓の先に広がる未知の空間への期待感が自然とふくらんでいることが示されていますね。
もしかしたら、掲句の切手=窓の宛て先は、未来の自分自身なのかも知れません。そうだとすれば、そこには一体どんな文面が綴られているのか。
12日にかに座から数えて「中長期的なビジョン」を意味する11番目のおうし座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、そんなすこし先の未来の自分自身へ宛てた希望や願いを自分なりに明確にしてみるといいでしょう。
『破戒』の主人公・瀬川丑松
1906年に発表されたこの小説の主人公は、信州の被差別部落に生を受け、学業において優秀だったものの父親の方針で高等師範学校には進学せず、高等小学校(10~14歳の生徒が修学)で教鞭を執っていた青年でしたが、他ならぬ父親からの厳命でみずからの出自を隠しながら生きていました。
ところが、彼は師の殉死など、さまざまな事件を体験していくことで、ついに戒律を破って勤務先の教室で、生徒たちを前に自分の出自を懺悔告白します。その際どうして彼が土下座までして謝罪しなければなならなかったのかはともかく、ここで重要なのは、告白のあと主人公が不意に気勢を失い、ただテキサスに向かうことだけが暗示されている点です。
つまり、主人公のよる出自を「隠す」という身振りそのものが、アイデンティティの要となっていたのであり、告白を機にそれが霧消してしまったのです。もはや隠すべきものがないということは、もうその世界で語るべきものはないということとイコールであり、そうしてやっと主人公は前に進むことができた訳です。
同様に、今週のかに座もまた、もはや語るべきことはないというところまで自身の言葉を吐き出すことで、みずからの手で未来を近づけてみるといいでしょう。
今週のキーワード
戒めは破るべし