かに座
移ろいゆく景色
記憶の川を漕ぐ
今週のかに座は、「ひとつ終へひとつは忘れ春隣」(松本梓)という句のごとし。あるいは、確かな意思をもってこの世を移ろっていこうとするような星回り。
寒気をとおして春の温もりがすぐ隣りまで来ていることを感じとっているのが「春隣」という言葉。掲句では、そうした新たな生命力の胎動をかすかに感じつつも、もはや共には歩めなくなってきつつある何かに別れを告げようとしているのかも知れません。
熊木杏里の「春隣」という歌に、
「君とぼくは春隣/冬を渡り咲いてゆく/いつか花となる」
というフレーズがありますが、思いや心根の部分では相通じる相手であるほど、異なる土地に分かれて花咲かせていかなければならない運命に追い立たせられていくということは、そう珍しくないように思います。
掲句もまた、後ろ髪を引かれつつも、新たな春の訪れに心を追いつかせるべく、意を決してきた人間の姿を暗示しているのでしょう。
立春、そして10日(月)はかに座から数えて「そばに携えていくもの」を意味する2番目のしし座での満月を迎えていく今週あなたもまた、そっとしまいこむべきものを記憶の底に沈め、これから歩みを共にしていくべきものとの同期をより一層強めていくことがテーマとなっていきそうです。
漂白する一艘の舟として
すべてのものは流れ、なにものも留まらず、「同じ川に入っていく者には次から次へと新しい水が流れてくる」。
今のかに座には、どこか漂泊する旅人のような風情がつきまといますが、それは物事をコンクリートで固め、現実のたえず揺れ動いて捉えどころのない側面に蓋をしているような現代的な生への違和感が、どこからかふっと湧いてくるからなのかも知れません。
例えば、俳句の575は元をたどれば海洋民におけるオールを漕ぐリズムの記憶を伝えるものであるという説があります。
現実の奥底に流れる「水の動き」に同調し、自分のいのちを担保にして移りゆく風景を心だけに写していくこと。そして、舟の底から感じられる自然や死の生音に耳をかたむけていくこと。
そんな俳句の根本にある精神性に、今週のあなたも自然と吸い寄せられていくことでしょう。
今週のキーワード
熊木杏里の「春隣」