
おひつじ座
より深い実への弾性

重力に逆らわずただ坐る
今週のおひつじ座は、「胡坐してをればおのれも梅雨深し」(脇村禎徳)という句のごとし。あるいは、自己中心の主体の代わりに風土的な自己意識を深めていこうとするような星回り。
何気なく胡坐(あぐら)をかいて座っている自分自身と、周囲に満ち満ちていく梅雨の深みとが、しみじみと一体化していくような感覚を詠んだ一句。
梅雨の湿気や曇天、じっとりとした空気感は、私たちにどうしても活動ではなく停滞を、そして沈潜や静寂をもたらします。これは人間の主体性が前景化する代わりに、自己と環境との境界があいまいになるような状態です。
和辻哲郎は「風土」を単なる地形や気候などの物理的環境ではなく、人間存在の歴史的・文化的形成に関与する自然と人間との中間領域と捉え、世界の風土を「モンスーン的(東アジア)」「砂漠的(中東)」「牧場的(ヨーロッパ)」の3つに大別しました。そして梅雨という自然現象はまさにモンスーン型風土の典型であり、人間が自然と対決するのではなく、自然に身を委ね、そのうちに生きることを促してくれるのです。
現代でも正式な場などでは正坐が正しい座り方とされていますが、これは徳川家光に始まり、明治時代に入ってとある女子大の先生が「茶会のときに正坐する」という文化が広めた結果であって、じつはそんなに歴史は古くない。千利休や戦国時代のお茶の席ではみんなあぐらをかいていましたし、昔は女性もあぐらをかいていました。その意味で、男性はあぐらをかいてもいいけど、女性は正坐じゃないといけないという現代の風潮は女性蔑視の発想と言え、もはや時代遅れでしょう。
その意味で、正坐のように罰的なニュアンスが強い緊張感をおのれに強いるのでも、椅子のように身体を支える構造を外部に求めるのでもなく、より直接的に自己を環境や自然に溶け込ませ、湿り込ませていくことが、今のあなたのテーマになっていきそうです。
6月11日に「拡大拡張」を司る木星がおひつじ座から数えて「心の支え」を意味する4番目のかに座に移っていく今週のあなたもまた、おのれの体が自然(地面、床)と一体になる構えでもって、移りゆく自然や環境、時代精神の流れと共に「ある」ことを心がけてみるといいでしょう。
「虚に居て実を行ふべし」
これは俳句の根本を端的に示した松尾芭蕉の言葉で、「虚」とは事実に対する虚偽であり、現実に対する空想のこと。つまりこの言葉は、「作品の上にありもしないことを描き、想像の世界に人を導き、事実であるかのごとき錯覚を抱かせよ」という意味になります。
ただ、恐らくこれは単に虚=嘘を重んずるという話ではなく、文芸というものが本質的に日常世界とは異なる次元を支えにしているものであることを肝に銘じよという話でしょう。
つまり、実=真実が虚を呼び起こし、虚はいつでも実に収斂して、絡みあった両者が目指すのは1つの真実であろうという‟虚実自在の境地”のことを言っている訳です。このことはその反対の状態、すなわち、事実にとらわれながら、すなわち必然性にガチガチに固定された状態で人が想像力を羽ばたかせられるかを考えれば、言わずもがなでしょう。
したがって、虚にいて実をおこなうとき、その虚は実へいたる架け橋であり、単なる事実を超えたより深い実への弾性を秘めたジャンプ台となるのであり、それこそが「おのれを自然に溶け込ませていくこと」の真骨頂とも言えるのではないでしょうか。今週のおひつじ座もまた、そうした意味での「虚実の妙」ということが鍵になっていくはず。
おひつじ座の今週のキーワード
でっかい虚の上にあぐらする





