おひつじ座
口をひらき、物を欲する
生にすがりつく本能
今週のおひつじ座は、「広島や卵を食ふ時口ひらく」(西東三鬼)という句のごとし。あるいは、いろいろな思いを超えて自然な本能的行為に従っていこうとするような星回り。
戦後すぐの昭和22年(1947)に作者が広島を訪れた際に、「有名なる町」という題をつけ詠まれたうちの一句。自注には「未だに嗚咽する夜の街。旅人の口は固く結ばれてゐた。つるつるした卵を食ふ時だけ、その大きさの口を開けた」と記されています。
「旅人」は作者自身のことですが、あえて第三者的に表現したのは、おそらく「卵を食ふ」のが他者の行為とすることで伝えたいことがあったからでしょう。
約14万人が亡くなったとされる悲惨な街でも、その衝撃や残された者の悲しみとは別に、人間の口は生きようとして、食べ物を求めて開かれる。どんなに生きづらい状況にあっても、生を求めてたくさんの人びとの口が開かれている様を、作者は見て感じ取ったのかも知れません。
つまり、「卵を食ふ」のは作者本人の意図である以上に、それでも息を吹き返そうとあえいでいる広島という街やそこに住む人々、被爆者たちの本能でもあったのです。
11日から12日にかけて、おひつじ座から数えて「生き延びるために必要なこと」を意味する2番目のおうし座で、下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、虚脱感や虚無感を乗り越え、どれだけ生きようとする本能にコミットしていけるかが問われていくでしょう。
滑稽と颯爽のはざまに立つ
中世のヴェネチアを舞台にした『抜目のない未亡人』という戯曲があります。あらすじは、財産家と結婚した後、夫と死別した若き未亡人が、再婚でもう一花咲かせようと奮闘するというもの。フランス、イギリス、イタリア、スペインの男達を見並べて、各国の女性たちに化けてこなをかけ、誰が一番誠実な男かを試そうとするのです。
その様はさながら、鳴かないホトトギスを前に、殺すか、待つか、鳴かせてみせるかを案じる戦国大名でもあります。要は、初めからいちゃもんをつけるつもりで男達に対しているのです。
どこか未亡人だけが力み返っているような滑稽さと、女としての意地を貫こうとするいじらしさとが混じり合って、何とも言えないアンビバレントな感情が生まれてくるお話なのですが、不思議なのは、どこかそんな未亡人に颯爽たる勢いのようなものが感じられてくるところ。
それは、従来の花のように大事にされる“べき”女性像をかなぐり捨てて、自分の生き残りへときっぱりと邁進しているからかも知れません。今週のおひつじ座も、滑稽を通り越したところにある颯爽へと至れるかということが、ひとつのテーマとなってくるでしょう。
今週のキーワード
抜目のない未亡人