おひつじ座
わたしの複数性について
霊主体従あるいは主体の転倒
今週のおひつじ座は、「身の内のけだものに逢ふ冬夜かな」(柳沼新次)という句のごとし。あるいは、抱いた思いの起源へと遡っていくような星回り。
冬がくれば、獣たちは乏しい食料を求めて野山をさすらう。夜道を行く時は、ふたつの大きな目を爛爛と光らせて。
もし、人の心の奥底にもそうしたはるか昔の獣の記憶が残っているとするならば、人が心の闇をさすらうのも、DNAに刻まれた古層の記憶が何かの拍子で時おり引き出されているからなのでしょう。
そうだとすれば、口にしてしまえば社会から「心の闇」と断罪されるような衝動だって、何万年何億年にも及ぶほ乳類の歴史の中でいつしかそぎ落とされ、なかったことにされてしまった不完全燃焼な衝動の揺り戻しや先祖がえりの一種なのだとも言えるかも知れません。
2月2日(日)におひつじ座から数えて「からだの一部」を意味する2番目のおうし座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、まだおぼろげにしか感じていない予感や衝動を確かなものとして腹落ちさせていくことがテーマとなっていきそうです。
第三の自分の自覚
もうひとりの自分、それは自らの欲望の形であり、この世に生み出された欲望は自分なりの考えや意志を持って、時にあなた自身から大きく遊離していくことがあります。
多くの文学作品でも登場してくる「もうひとりの自分」について、精神分析学者のオットー・ランクなどは「死の不安」と密接に関係していると解釈していますが、果たしてそこで死の危機に瀕している自分とは、一体いかなる自分なのでしょうか?
例えば、先の「身の内のけだもの」は、食べ物となる別の獲物を探して慣れ親しんだ肉体から離れたと考えるのが自然ですが、一方でそれは失った何かを探してさまよい歩く“古巣”を夜道へとおびきよせ、喰ってしまうための罠かも知れません。
そうであれば、いわば掲句は新旧の自分の交代劇とも読める訳です。
そこでは死んでいく古い自分と、生を得始めている新しい自分がいて、その交代劇をどこかで受け入れつつ見つめている第三の自分が存在することになります。
今週は、そんな風に何かしらの新旧交代が慎ましやかに進行していき、それに応じて次第にあなたの中の自覚も深まっていくでしょう。
今週のキーワード
三位一体