
みずがめ座
イデアを慕ふ

小さな青い宝石
今週のみずがめ座は、地球から決定的に切り離された宇宙飛行士のごとし。あるいは、「帰るべき場所はここしかないんだ」という実感に改めて打たれていくような星回り。
立花隆の『宇宙からの帰還』(1983)は、アメリカのアポロ計画に携わった宇宙飛行士たちを取材した内容でしたが、宇宙からの帰還後の飛行士たちの歩んだ道はさまざまで、実業家や政治家に転身した者などがいた一方で、長く心を病んだ者もいました。そうして宇宙体験は彼らの帰還後の人生や価値観に多大な影響を与えた訳ですが、たとえば帰還後にキリスト教の伝道師となったジョン・アーウィンはこう語りました。
地球を離れて、はじめて丸ごとの地球を一つの球体として見たとき、それはバスケットボールくらいの大きさだった。それが離れるに従って、野球のボールくらいになり、ゴルフボールくらいになり、ついに月からはマーブルの大きさになってしまった。はじめはその美しさ、生命感に目を奪われていたが、やがて、その弱々しさ、もろさを感じるようになる。感動する。宇宙の暗黒の中の小さな青い宝石。それが地球だ
そして、時を経て2016年に宇宙空間に4カ月間の長期滞在ミッションを果たした新世代の宇宙飛行士・大西卓哉は、そんなアーウィンの言葉を受けて、自身の宇宙体験について、次のように語っています(稲泉連『宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言』2019)。
アポロ時代よりももっと遠く、地球が他の星と同じような点になるようになることを想像してみてほしいんです。地球が“マーブル”ですらない遠く、夜空の星と見分けがつかないような点でしかなくなっていく。そのとき、僕が宇宙でずっと感じていた安心感は消えてしまうでしょう。
自分が生まれ育った、人類の全てのただ一個の故郷である星。そこから遠く離れた人間は、親から切り離された子供みたいなものです。手の届きそうなところにあったその星が、『帰れる場所』ではなくなったそのとき、人間の精神が受ける影響は計り知れないものがある、と僕は宇宙で思いました。もちろん実際に自分がどう感じるか、その孤独感に耐えられるかどうかは、とても興味深いことではありますけどね
2月5日にみずがめ座から数えて「ホーム」を意味する4番目のおうし座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、自分が心からもう1度結びつき直してきたいと感じる「故郷」のカタチや質感を改めて浮き彫りにしていくべし。
荻原朔太郎の評釈
古今和歌集に載っている『大空は恋しき人の形見かは物思ふごとに眺めらるらむ』(酒井人真)という恋歌について、かつて荻原朔太郎は次のように評していました。
恋は心の郷愁であり、思慕のやる瀬ない憧憬である。それ故に恋する心は、常に大空を見て思ひを寄せ、時間と空間の無窮の崖に、抒情の嘆息する故郷を慕ふ。恋の本質はそれ自ら抒情詩であり、プラトンの実在(イデア)を慕ふ哲学である。(プラトン曰く、恋愛によってのみ、人は形而上学の天界に飛翔し得る。恋愛は哲学の鍵であると。古来多くの歌人等は同じ類想の詩を作っている。…しかし就中この一首が、同想中で最も秀れた名歌であり、縹渺たる格調の音楽と融合して、よく思慕の情操を尽くしている。)(『恋愛名歌集』)
ここには「心の故郷」へ回帰する道としての哲学、そしてプラトンの対話篇とはそれへの愛を問いただした痕跡に他ならなかったのだという詩人の洞察が示されています。
彼の中では「実在(イデア)」という哲学的概念と抒情詩=恋愛とがこれ以上ない魅力的な仕方で結びついていたのでしょう。そして、先の元・宇宙飛行士ジョン・アーウィンがなぜ伝道師となり、そこで何を追求していったのかも、ここに示されているように思います。
今週のみずがめ座もまた、単なる感覚的な享楽や新自由主義的な幸福よりも真剣に求めていくに値するものに改めて向きあっていくべし。
みずがめ座の今週のキーワード
恋愛は哲学の鍵である





