
みずがめ座
タコよ、墨をはけ

「さかいめ」の人間
今週のみずがめ座は、江戸時代の「遊民」たちのごとし。あるいは、「どこにもない場所」を再発見していこうとするような星回り。
社会がディストピア化することももはやSFではなくなった今の時代、人びとが意識すべきは「いかに頑張るか」ではなく、「どこへ逃げるか」になってきつつあるように思います。
かつての時代であれば、逃げ場所といえば「河原」でした。河原は単に河と陸の境界というだけでなく、ひとつの世界ともうひとつの世界とを隔てる「さかいめ」であり、多くの人がそこに住み、役者や皮革業、死体処理、清掃、細工職人、庭づくり、遊女などが暮らし、彼らは河原者と呼ばれて、制度のすき間に生きたのです。
江戸文化研究者の田中優子の『江戸百夢―近世図像学の楽しみ―』によれば、「河原は管理が及ばない世界」であり、「離農逃散して来ても、異国者であっても、河原に来れば生きることができ」ましたし、「どこから来たかわからないし、いつどこへ消えゆくかわからない。把握できない」在り方をもって「遊民」とも呼ばれ、その中には「離農民から僧侶、火消し、中小商店の旦那衆まで」含まれ、やがて「遊民の中から、物語を語るものたちが出現した」のであり、彼らは「さかいめ」の人間であるからこそ、河の向こうの世界を見ることができたのでした。
体と魂の力を抜いて、エロティックなことや、水のことや火のことや、生のことや死のことや、向こう側のことを考える場所が必要となる。河と河原がマザーなら、それは壊してならない「場所」だった。しかしもう、そんな場所は日本のどこにもない。
11月24日にみずがめ座から数えて「公共的領域」を意味する11番目のいて座へと「挑戦」を促す火星が移動していく今週のあなたもまた、そんな失われた逃げ場所を、制度のすき間や過去と現在の差異の中に改めて見出していくことがテーマとなっていくでしょう。
トリックスターの系譜
ここで思い出されるのが、古代ギリシャの哲学者たちのあいだでは徹底的に低く見られた一方で、商人とソフィスト(職業的知識人)には高く評価された「メティス(狡知)」です。
基本的には軍略や戦略に関係し、相手を騙して自分の役に立つように利用したり、出し抜いたりする、いわゆる“ずる賢さ”のことなのですが、ベルギーの宗教学者マルセル・ドゥティエンヌはそうしたメティスの起源について興味深い指摘をしていました。
ギリシャ神話ではゼウスの知恵の源ともされるメティスの起源はタコなのだと言ったんです。それから、アンコウとか、イカとか。つまり、突然口から墨を吐いて逃げたり、知らんぷりして近づいていって高電圧で相手を倒すとか、とにかく卑怯なマネをしてでも、戦術にのっとって危機を免れてしまうのがメティスで、最後は「こいつはどうしようもない悪者だ」という印象を残して去っていく。端的に言えば悪党なんです。
現代の知識人というのは、ほとんど人気商売ですからあまりこういうメティスは受け入れられなくなりましたが、案外、逃げ場がなくなった世界を生き延びるのに最も必要な資質はこうした「メティス(狡知)」なのではないでしょうか。その意味で、今週のみずがめ座もまた、いっそ悪者や悪党になっていく覚悟を固めてみるといいでしょう。
みずがめ座の今週のキーワード
逃げるために大胆なことをする





