みずがめ座
記号を振り落とす
人間の妙なところ
今週のみずがめ座は、『河豚食うたとて偉くなるわけもなし』(中田みづほ)という句のごとし。あるいは、妙にしんみりしていくような星回り。
白菊の花びらのような「河豚(ふぐ)」の刺身が、下の皿の柄が透けて見えるくらい薄く並んでいるのは、食美の極致という感じがあります。例えば焼肉や寿司などの高級な食事と比較しても、河豚はそれらのさらに上にあって、おいそれとはまたいでいけないような特有の敷居の高さがあって、一大決心でもしなければ普通にはありつけない。
ゆえに、河豚は特別な贅沢だったり、成功者の記号として機能してきた訳で、実際、私たちの社会生活というのは、少なからず偉くなったつもりになれるような記号の集積によって成り立っているところがあります。河豚の他にも、高級車に乗ってみたり、美容に手間をかけたり、海外を飛び回ったり、SNSに子育てしている写真をあげたりして、自分も偉くなったのだと確認することにみな懸命になっている。
ただ、人間には妙なところがあって、せっかく偉くなった気分に浸れるんだから、素直に喜んでおけばいいのに、掲句のようなことを言ってみたりして、かえってしんみりしてしまったりする。こういうのを哀感と言うのでしょうね。
つまり、本当のところ人として偉いかどうかは、そうした社会的な記号の有無とは関係がない。河豚を食うたとて、食わぬとて、偉くなるわけもなし、ということに勘づいていくのです。
13日にみずがめ座から数えて「社会的自己」を意味する10番目のさそり座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、そうした哀感の度合いやキャパシティがこれまで以上に増していくでしょう。
頭か、からだか
禅思想の極みの一人である道元(どうげん)の言行を伝える『正法眼蔵随聞記』を開くと、「仏道を得るには頭や言葉で得るか、からだで得るか」という命題が繰り返し強調されていることに気が付きますが、これはそのまま今週のみずがめ座のテーマに他ならないのだと言えるでしょう。
つまり、意識や「われ」というのは絶えず、物事や人生の意味や目的を問うけれど、そこで感じとる苦痛や快感、満足や没落といった実感を創り出しているのは誰かということ。
それは「われ」ではなく、その背後にある「自己」であり、すなわち理性や精神ではなく、“からだ”であるのではないでしょうか。
腑に落ち、身に覚えのあることだけが、「自己」ないし意志の直接的な代弁者として「われ」の喜びや満足や情熱を創り出していくのであって、決してその逆ではないのです。
その意味で、今週のあなたは、自分の中でだんだん「われ」が消えていくなかで、逆にだんだんと強まっていく思いや確信を直接的に感じていくことができるかも知れません。
みずがめ座の今週のキーワード
からだは意識よりも深く大きい