みずがめ座
不安と対峙するために
相手の不安を塗りつぶさない
今週のみずがめ座は、『立泳ぎして友情を深うせり』(中尾寿美子)という句のごとし。あるいは、ほとんどbot化した応答の終始から外れていこうとするような星回り。
クロールも平泳ぎも、息継ぎをしながら前進することに精いっぱいで、とても会話などできない。その余裕もない。バタフライは言わずもがなだろう。
その点、立ち泳ぎはどこへも到達することはない代わりに、水中から顔を出し続けているために、何かを伝える余裕も十分にあり、誰かの声を途切れずに聞き入れることも可能なはずだ。とはいえ、この世に足の届かない海に漂っていることほど恐ろしいことは数少ない。少なくとも、地上で自分の足で立っているときとは比べ物にならないほどの不安感を覚えているに違いない。
そんなとき、互いに声をかけあう範囲内に、自分と同じように「立泳ぎ」している誰かが存在することほど励まされることはない。「友情」というものは、何もわざわざ高価な贈り物をしたり、ただ長時間を共にしたりすることで成立するのではなく、同じ不安の言語化を共有しつつ、相手の不安を自分の不安で塗りつぶさないでいられたとき、おのずと深まっていくものなのかも知れない。
その意味で、7月20日にみずがめ座から数えて「コミュニケーション」を意味する3番目のおひつじ座で下弦の月(意識の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、たまにはそんな立泳ぎに時間を割いてみるのも一興だろう。
逆らいつつしたがい、したがいつつ逆らう
日本人の思想伝統では、自然や人間などあらゆるものを「おのずから成るもの」として尊重してきたが、と同時に、人間は他の動物と違ってそうした「おのずから」の状況環境を「みずから」の働きに則して展開していくという不思議な二重性をもつ存在として見なしてもきた。その点について、例えば江戸時代後期の農政家である二宮尊徳は次のように述べている。
それ人道は、たとえば、水車のごとし。その形半分は水流にしたがひ、半分は水流に逆うて輪廻す。丸に水中には入れば廻らずして流るべし、また水を離るれば廻ることあるべからず。
ここで言う「水流」とは、いわば物事のおのずからの働きのことだが、逆にみずからの働きはそれに丸ごと従うのでもなければ、それから離れてそれを一方的にコントロールするというのもでもない、そのあわいにおいて初めて成立してくるものであり、それは立泳ぎのコツにも通じてくるのではないだろうか。
同様に今週のみずがめ座もまた、コントロール欲を放棄しつつも、特定の誰かや組織などと関わっていく上でのちょうどいい塩梅に当たりをつけていくべし。
みずがめ座の今週のキーワード
「みずから」と「おのずから」のあわいに自分を置いていく