みずがめ座
奇妙な時間の流れ
二重写しの世界
今週のみずがめ座は、「夏はあるかつてあつたといふごとく」(小津夜景)という句のごとし。あるいは、危険なあそびに誘われていくような星回り。
視界に煌めくような鮮やかさをもたらす夏という季節は、海にレジャーにひと夏の恋の期待にといつも楽しげな顔をしている一方で、一本わき道に入るとそこには深いメランコリーがかげろうのように揺らめいていて、奇妙な二重性によって構成された固有の時間が流れています。
新しい夏は、いつかあった夏と二重写しで目の前に展開されていくのであり、海やビーチであれ、クーラーのきいた図書館であれ、どこかに必ず深い影が差していて、一歩間違えるとその影にひきずられて帰ってこれなくなることだってあるはず。
けれど、そんな危険を承知の上だからこそ、夏のあそびはおもしろいし、危険だからこそ、他の季節にはない煌めきを放っているのではないでしょうか。
それは失われた青春の残照であり、世俗のすべてを消し去る真っさらな空白でもあり。
7月5日にみずがめ座から数えて「忘却と沈黙」を意味する12番目のやぎ座で満月が起きていく今週のあなたもまた、そんな二重写しの世界の中で、普段すっかり忘れていた記憶や光景を思い出していくことになりそうです。
『魔の山』のハンス
「ひとりの単純な青年が、夏の盛りに故郷ハンブルグを発ち、グラウヴェンデン州ダウオス・プラッツへ向かった。三週間の予定で人々を訪ねようというのである」(トーマス・マン、『魔の山』冒頭)
山の上にあるサナトリウム(当時は不治の病であった結核患者のための療養所)に入っているいとこの見舞いに行った主人公の青年ハンスは、結果的に長期滞在を余儀なくされてしまいます。
3週間が1年になり、1年が2年になり、さらに数年が飛ぶように過ぎていき、その間にごく平凡な青年だった主人公は、世界中の国々から集まった、様々な考えを持つ患者たちと触れ合ううちに、物事について深く考えるようになっていっていく、というのが話のあらすじ。
ハンスが行ったのはまさに「危険なあそび」であり、と同時にあなたがかつて「置いてけぼりにしてきた自分自身」を擬人化した姿なのだとも言えるかも知れません。
しかしそんなハンスも、いつかは山をおり、ふたたび日常へと戻っていくのです。呼び寄せるのはあなた。あるいは、今がそんなタイミングなのかも知れません。
今週のキーワード
玉手箱