みずがめ座
偏見の打破の上で
問いかけと揺さぶり
今週のみずがめ座は、ベルハルト・シュリンクの『朗読者』のごとし。すなわち、自分の中で一元的な価値観になってしまっている部分を揺さぶっていくような星回り。
本書はホロコーストとその恐ろしい残虐行為に関わった人々について、戦後世代がどう関わっていくべきかという問いを投げかけた作品と言えます。
主人公のミヒャエルが路面電車の車掌をしている36歳の女性ハンナと関係を持った時、彼はまだ15歳でした。ハンナは主人公に『オデュッセイア』や『戦争と平和』などを朗読してほしいと頼み、その体験は主人公の中でハンナとの離別後も大きな位置を占めていきます。
その後、法学生になった主人公は戦争犯罪の裁判を傍聴していた時、被告人の中に彼女の姿を見つけます。ハンナはかつてナチ親衛隊の一員だったのです。
文盲であるという恥辱は彼女の生き生きとした感情を圧殺し、彼女は秩序と規律への過剰な潔癖によってそうした恥辱そのものを覆い隠そうとしたのかも知れません。そして、そんないびつな鎧は文学と声によって外され、感情の命綱となっていった。
25日(土)に「自分の本来の座」であるみずがめ座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、改めて自分の中の偏見を打破しつつ、確固たる意見を持つことを目指していきたいところです。
‟神のみこころ”に即す
「内面に沈黙をつくりだし、いっさいの欲望、いっさいの意見に口をつぐませ、愛をこめ、たましいのすべてをあげ、言葉にはださずに、「みこころの行われますように」と思いをつくすとき、次にこれこそどうしてもしなければならぬことだと、あやふやさの一点もなく感じられることがあったら、(もしかすると、ある点では、これも思い違いかもしれないのだが……)それこそ、神のみこころである。」(『重力と恩寵』、シモーヌ・ヴェイユ、田辺保訳)
人が“神のみこころ”そのものを知ることはできませんが、祈りにおいて個別的な事柄や思惑を頭の中から祓っていくことは決して不可能ではないでしょう。
少なくとも、どんな行動、あるいは決断を選択していくべきかは理性によってはっきりさせていくことができる。じっと目をこらして、観察し、自分に問いかけることを怠らなければ。
それこそが「当たり前のことを真面目に問い、応える」ということの要点なのだと言えますし、それは今週のみずがめ座にとって一つの指針となっていくはずです。
今週のキーワード
内なる神への奉仕